消え物語り

49歳でちょい早(ハヤ)リタイア。サタデー毎日。

贈られてわかったこと

ちょい早リタイアするにあたり職場から寄せ書きをいただきました。皆さん限られた文字数内で上手いこと書くなぁなどと感心しかり。書かれた内容の印象は大きく三つに分かれました。

まずは定型文な人。わたしとの接点・距離感的に近くなく、組織の一員として書かざるをえなかったのでしょう、御時間割いていただきありがたくもあり申し訳なくもあり。

次は仕事ぶりについて書いてくれた人。頼りにしていた、仕事が早い、チクリとしたひと言がおもしろい、などお局ならではの賛辞をいただきました。

そして残りが人柄について書いてくれた人。この内容が目をこすって読み直すほど想定外で、穏やか、落ち着いた、ほっこり、など。仕事ぶりへのメッセージや自己分析と逆の表現でした。

寄せ書きってわたしもたくさん書いてきましたのでわかりますが大袈裟に書くことはあってもこれっぽっちも当てはまらないことは書かないですね、なんせ「寄せ」書きですから他の人も読みますし。なので今回書かれたメッセージを読んで、人によって自分の見え方は違うのだと思ったのです。が、よくよく考えてみると違うのは見え方じゃないな、と。

そもそもスピードを求める人にスピードを持って対応したからスピードを褒められ、チクリと指摘されることをオモシロイと受け取る人にチクリと言っていた。穏やかな人に穏やかに対応しただけで、テンパった若手には落ち着いた態度で次なる手段を伝えただけ。つまり見え方というよりは相手に合わせていただけなのでした。

そう思うとなんか合わないなと思う人は相手もそう思っていることを感じるし、良くも悪くも自分は相手を、相手は自分を写す鏡なのですね。肝に銘じます。